ノクトゥア

大学生のための「思考の種」

非武装地帯で暮らすこと

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ニューヨーク・タイムズが、韓国「38度線」の村の様子を伝えている。台城(テソン)洞と呼ばれる、韓国唯一の非武装地帯にあるこの村は、夜間の外出が禁止され、村外からの訪問者がある場合は数週間前に申請しなければならない。村人はオンラインで開講されるヨガ教室に通い、学校の子どもたちは大きなスクリーンを前に体を動かしてオンラインゲームを楽しむ。村人の生活を便利にするため、この地域には5Gが導入された。

まるで『ブラック・ミラー』の「1500万メリット」のような生活だ。その詳細は実際の記事で確認してほしい。

 

『さよならテレビ』―テレビが民主主義の砦になる日まで

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テレビ離れ」という言葉が世に出て久しい。「テレビは観ない」という姿勢がクールだったのは一昔前の話。いまでは自宅にテレビがないのも珍しくなくなった。

一方で、時事通信の調査では、まだまだテレビの影響力が強い現状が確認される。10代〜20代の約1割が「見ていない」と回答したが、逆に言えば若者の9割はテレビを観ているのだ。年末になればTwitterは「THE MANZAI」や紅白歌合戦の話題で染まり、人気ドラマの最終回の日はそのタイトルが必ずトレンド入りする。地方在住の人ほどテレビが娯楽の中心である傾向が強いだろう。日本のマスコミの頂点にはいまだテレビが君臨しているとも言える実態がそこにはある。

そんな絶対王者としての自負と、そこからの凋落を自覚したテレビマンたちが、一本のドキュメンタリーを制作した。その名も『さよならテレビ』。東海テレビのドキュメンタリー班が自社の報道部を取材。「テレビはいまどうなっているのか」を明らかにしようと試みる。


薄っぺらいメディアリテラシーはもういらない!映画『さよならテレビ』予告編

東海テレビの失態

『さよならテレビ』を制作した東海テレビは、過去にテレビ史上に残る重大な放送事故を起こした。2011年8月4日、ワイド番組の通販コーナーで、突然番組内容とは関係のないテロップが流れた。そこには、「岩手県産のお米・ひとめぼれ3名プレゼント」の当選者として、「怪しいお米 セシウムさん」などと岩手県を誹謗中傷するような文言が並んでいた。この「セシウムさん騒動」を忘れないようにと、東海テレビは毎年8月4日に放送倫理を考える全社集会を行っている。

『さよならテレビ』が映し出すテレビマンの実態

ドキュメンタリー『さよならテレビ』では、主に3人の現場社員に密着取材を行う。一人目は東海テレビのエースキャスター、福島智之アナウンサー。同テレビ局の夕方の情報番組「One」のメインキャスターとして活躍する。福島アナは「セシウムさん騒動」時に番組MCとして出演していた。視聴者へ謝罪をした福島アナへの誹謗中傷もあった。彼は以降「自分が本当に分かっていることしか言いたくない」と口を閉ざす。「キャスターに向いていないんですよ」と言うにも関わらず、上司は「次期は福島推しでいくから」と、福島アナを全面に押し出した番組ポスターを作成。電車の車体広告に福島アナの顔が無数に並んでいる様はまさに悪夢だ。
二人目はベテラン記者の澤村慎太郎。不安定な契約社員であり、普段は「Zネタ」と呼ばれる企業から依頼を受けた取材を行っている。カメラを前にした澤村は「記者こそ民主主義の最後の砦」と青臭く語り、ドキュメンタリーの取材クルーにも「ドキュメンタリーは現実ですか?カメラがあるという状況は現実なんですか?」と問いかける。理想家で誠実な記者だ。
三人目は新人記者の渡邉雅之。東海テレビが現場の人手不足を解消するため雇い入れた派遣社員だ。ヘラヘラとした笑顔で言葉も覚束無い渡邉は、記者歴二年という触れ込みで着任したが、仕事上のミスが重なり次期の契約更新が危ぶまれる。「なべちゃん」と呼ばれファニーな笑顔が愛される彼でもあるが、「新入社員を育てたほうが会社的にもいいだろうし」と焦りを隠せない。
彼らを怒鳴りしごくのは番組の編集長やデスクたち。「悪者」のおじさんたちはドキュメンタリーの撮影にも冒頭から疑義を呈する。

視聴率、民主主義、物語

『さよならテレビ』には、テレビに関する様々なトピックが散りばめられている。記者やテレビが「民主主義」に果たす役割。記者としての「取材」の難しさや正当性。「高視聴率獲得」のために編成される放送内容。テレビへの信頼の失墜。福島アナ、澤村記者、渡邉記者、編集長やデスク、局長、そしてドキュメンタリー制作チーム。彼らの物語が複雑に絡み合い、やがてテレビが混沌とした現実を「構成」することの功罪へと議論は流れ着く。
本作はラストの挑発的な演出にも注目が集まっている。それはまさに物語化、構成、番組としての成立に対する疑問への、一つの回答になっている。さらに本作は澤村記者が言及するところの「ジャーナリズム」を体現していない。すなわち記者がギリギリまで考えて問題の解決策を提示するには至っていないのである。これがいまのテレビの現実だ。テレビがいつか、民主主義を支えるメディアに生まれ変わることを祈っている。その日まで、いちどテレビに「さよなら」を言う。


『さよならテレビ』はポレポレ東中野で公開中。以降全国にて順次上映予定。

入門「ビリー・アイリッシュ」―10代の新人アーティストはなぜ2019年の主役になったのか

2016年、音楽ファイル共有サービス「サウンドクラウド」にアップされた曲が、一夜にしてヴァイラルヒットを記録した。2001年生まれのシンガーソングライター、ビリー・アイリッシュ。2019年の音楽シーンの主役とも言われる彼女は、いったい何者で、なぜ爆発的な人気と評判を得るようになったのか。

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ビリー・アイリッシュの魅力と特徴

ユニバーサル・ミュージック・ジャパンのアーティスト紹介によると、その魅力は以下の5つで解説されている。分かりやすい説明なので、ぜひ見てほしい。

<ビリー・アイリッシュが注目を集める5大要素>
1.超個性的なビジュアルと天使の歌声のギャップ
2.誰にも媚びない、ティーンの代弁者と言うべき発言の強さ
3.絶えないメディアからの絶賛の声
4.変幻自在のライブパフォーマンス
5.個性的な生い立ち

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ビリーの甘く軽やかな歌声や、クオリティの高い音楽づくりが評判を呼んでいることは言うまでもない。すべてのジャンルを包括しながらも独自の音を鳴らす彼女の楽曲について、音楽評論家の田中宗一郎は以下のように解説する。

音楽評論家の田中宗一郎は、「まず彼女は時代が作ったアーティストだということ。2010年代に起こった急激な変化とバリエーションが眼前にあって、そこから自分の個性に繋がるエッジーな部分だけをピックアップしてみただけとも言える」と前置きしながら、「ラップもロックもポップもゴスも今の時代のすべてを飲み込もうしてる」と、最大公約数でありながら独自のものだと位置付けている。

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加えて彼女は、自身のファッションやライブを通じて、社会的抑圧に対して意思表示をしている。だぼだぼの服をいつも着ることで、自分の身体などすべてが商品化され性的に消費されることを防いでいる。「all the good girls go to hell」のミュージックビデオでは、気候危機の危険性を訴えた。自身のツアー会場には、2020年のアメリカ大統領選挙を前に有権者登録が出来るブースを設置して、意思表示の大切さを説いている。

 

ビリー・アイリッシュの活動の歩み

2016年、「サウンドクラウド」にアップされたのは、デビュー・シングル「Ocean Eyes」だった。この曲でビリー・アイリッシュはレコード・レーベルから注目される。



Billie Eilish - Ocean Eyes (Official Music Video)

2017年にEP「Don't Smile at Me」をリリース。シングル「Bellyache」も発表される。この商業的成功もあって、同じ年にはApple Musicの「Up Next」と呼ばれる新人アーティストの支援プログラムに選ばれた。「Up Next」は有名テレビ番組への出演やドキュメンタリーフィルムの作成などでアーティストを支援する。


Billie Eilish - Bellyache

2018年にはアメリカ人シンガー、カリードとのコラボでシングル「lovely」をリリース。同曲がNetflixオリジナルドラマ『13の理由』セカンドシーズンのサウンドトラックになった。


Billie Eilish, Khalid - lovely

 

2019年に待望のフル・アルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』をリリース。評論家からの絶賛を得る。アメリカでは2000年代生まれではじめてアルバム1位を獲得するアーティストになった。


WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO? (Full Album)

 

ビリー・アイリッシュはすべての楽曲を兄のフィネアス・オコネルとふたりで制作している。DIY精神で新曲を生み出し発表し続けてきたビリー・アイリッシュファンは、楽曲やビジュアルに表れる彼女の進化を、リアルタイムで楽しみにしている

 

現代を代表するポップ・アイコン、ビリー・アイリッシュ。2020年も彼女の動向から目が離せない。

気になったらまずはこちらのプレイリストをチェックしてみよう。

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アレクサ

『THE UPSIDE 最強のふたり

2011年に公開されたフランス映画『最強のふたり』をハリウッドリメイクした作品。主演は『ブレイキング・バッド』のブライアン・クランストンと『ジュマンジ』のケヴィン・ハート。監督はポール・フェイグサイモン・カーティスらの降板を経て、ニール・バーガーが務めている。

本作は劇場公開に先立って、『人生の動かし方』というタイトルでamazon prime videoで配信されている。というのも、”THE UPSIDE”の製作には、amazonスタジオが噛んでいるのだ。劇中には、ハンディキャップをもつ大富豪フィリップが、amazon製のスマート・スピーカー「アレクサ」でオペラを聴くシーンが繰り返し登場する。プロダクト・マネジメントに抜かりがない。

来春にはamazonオリジナル映画『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』が公開される。配信系映画の劇場公開本数が、2020年はさらに増えると予想される。まだネトフリ映画を排斥している日本の大手シネコンが動きだすのも、そう遅くはないと思っている。

電子書籍

『冬時間のパリ』

洗練され、ウィットに富んだ107分の会話劇で冬のパリを舞台に大人の恋愛を描く、オリヴィエ・アサイヤス監督作。ジュリエット・ヴィノシュ、ギョーム・カネ主演。


二組の夫婦の不倫模様を縦糸に、電子化に揺れる出版業界を横糸に映画は紡がれる。彼らの不倫物語が、これと言って面白いわけではない。そしてより大きな問題は、横糸にある。


敏腕編集者の中年男性アラン、彼の妻でテレビ女優のセレナ、セレナの不倫相手の作家レオナールとアランの不倫相手で若手編集者ロール。この4人が電子書籍と紙の書籍を対比してそれぞれのメリットや電子書籍の有利な点を語ったりする。「電子化すれば装丁や販売経路の確保などの業務が省ける」「アメリカでは実はハードカバーの書籍が売れている」など電子書籍あるあるをしゃべるのだが、議論が10年遅れていはしないだろうか。これだけ普及した電子書籍について、なんら先見性のある発言が出てこないのである。何か古いSFを観ているような気になった。10年前にこの映画が作られていたらそれは重要な作品になっただろう。


彼らの不倫もお咎め無しで、ぼんやりと呑気な着地に終わる。2時間観た割には、残るものがゼロに等しい映画だった。Bunkamuraル・シネマで上映中。

クオリティ・コントロール

スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』

スター・ウォーズシリーズ最新作。『フォースの覚醒』のJ.J.エイブラムスが再び監督に就任し、1977年『新たなる希望』に始まるスカイウォーカー・サーガの幕引きを図った『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』。

その感想は「疲れた」だ。前作『最後のジェダイ』で過去作との繋がりを断ち切り、新たなスター・ウォーズの物語への出発を準備したにもかかわらず、本作はまたオリジナル3部作をベースにした、お行儀の良いスター・ウォーズへと急旋回している。遠心力が強すぎて飛ばされそうになったが、何とかJ.J.の意図を掴んで離さずいることに疲れてしまったのだ。

正直に言えば、僕は『最後のジェダイ』を嫌ってはいない。むしろ好きだ。歴史主義、権威主義的なSWはEP7まで、EP8を経てからは現代向けにアップデートされたSWがつくられてくだろうとわくわくしていた。監督ライアン・ジョンソンの悪名高き野心に惹かれてすらいたのである。ここまでSWを悲惨なことにしてくれて、どうもありがとう!!オールドファン、ざまあ見ろ!!という感じであった。

がSWは元の鞘に収まった。EP9でJ.J.はレジェンドキャラを総出演させ、レイの出自に重要な設定を後付けし、スター・ウォーズの作法や文脈に則った、「SW偏差値の高い」作品に仕上がっている。シリーズを観てきた人をあらゆる手を尽くして労う、ファンにやさしい最終章。チューバッカにメダルをあげるなど余計なこともしている。

単体の作品として悪いわけではない。EP7ほどいいバイブスが出ているわけではないが、J.J.は頑張っている。が製作の紆余曲折(コリン・トレヴォロウ監督の降板、『ハン・ソロ』の興行的失敗など)を考えると、シリーズの締め括りとしてはあまりに不格好過ぎはしないか。初めからJ.J.が3部作通して関与するか、ディズニーがクオリティ・コントロールをきちんと行うべきだった。そもそも「シークエルの最終作」と「スカイウォーカー・サーガの最終作」を重ねてしまっては、何のために現代にスター・ウォーズが蘇ったのか分からないのでは。

カイロ・レンの物語は一貫性があり好感が持てる。彼のライトセイバーグリップを模したペンダントを買ってしまった。ライアン・ジョンソンのお膳立ても水の泡と消えてしまったいま、レンの物語とスター・ウォーズが歩み得た可能性の溺死体の歴史を抱きしめて、力強く歩いていきたい。

ベタープレイス、石田徹也

Lobsterr Letter vol.40 : Magic of Making the Media 2019年に世界をよりよくした19の出来事

WIREDが、「2019年に世界をよりよくした19の出来事」を述べている。

・科学者たちがはじめてブラックホールの写真を公開

・はじめての全員女性の宇宙遊泳により、国際宇宙ステーションを修理

・ジョドレルバンク天文台ユネスコ世界遺産に認定

・エリウド・キプチョゲがマラソンを2時間切りの1時間59分で完走

・シモーネ・バイルズが史上最多のメダル獲得者に

・量子超越性が実現

・テスラが1万マイル走るバッテリーを開発

・ディープ・マインドがStarCraftを公平にプレイし、未だに人間を負かす

・イギリスが石炭による発電を2週間停止する実験を成功させる

ノルウェーがオイルの採掘を止めると発表

・最初の商用電気航空機が15分間航空

・イギリスの肉食動物数が絶滅地においても増える

・ザトウクジラが絶滅危機から回復

・イギリスのポルノブロック

北アイルランドで中絶が合法化

・緊急保存と蘇生の研究

・抗レトロウイルス薬はHIV感染を防ぐ

Googleが中国向け検閲済み検索エンジンを白紙撤回

・グレッグスのヴィーガンソーセージロールが爆発的大ヒット

政治的混乱や気候危機のさなかにあっても、進歩が止まったわけではないと示す輝かしい瞬間が、在り続けた2019年。「わくわくディストピア」なんて偽悪的になって、ブラック・ミラーのような未来に絶望することだけでなく、人類のために、世界のために世界をより良くしようとしている人々にも目を向けていきたいと思う。世界はよりよい方向に進んでいる、というのがファクトらしい。

www.wired.co.uk

 

www.lobsterr.co

 

HEAPS「機械のように生きる人、逃げ場のない人、空虚さを感じる人。画家・石田徹也が絵画へと昇華した〈社会が抱える孤独や不安〉」

石田徹也という画家を初めて知った。1973年静岡県生まれ。武蔵野美術大学を卒業後、アルバイトをしながら東京にて精力的に絵画の発表を続けてきた。2006年に踏切事故で死去。享年31。

石田本人に似た、短髪で丸顔の日本人男性が、虚ろな表情で便器やビニール袋と一体になっている。そんなモチーフを、様々に量産する石田。そこには彼の感じる孤立と不安が表現されている。その衝撃的な絵画の数々は、以下のサイトで確認してほしい。

heapsmag.com

映画『ジョーカー』にもつながるようなネガティブな感覚を引き起こす彼の作品だが、一方で女性をモチーフとした絵画は多くない。そこで表現される「孤立」「不安」は日本人男性に特に強く共有されるものであるような気がする。石田本人のジェンダー観が弱いというだけでなく、90年代、ゼロ年代の価値観がやはり古い、と逆に現代のジェンダー観の進歩を確認する構図になっている。